認知症と向き合う家族へ|今日からできる会話の工夫と心構え
認知症の方との会話に戸惑い、「どう声をかければいいのだろう」と悩むご家族は少なくありません。
私自身も介護支援専門員や地域包括支援センター相談員として現場に立つ中で、同じような相談を数え切れないほど受けてきました。
大切なのは「完璧な答え」を探すことではなく、本人が安心できる雰囲気を作ることです。
この記事では、現場経験を通じて学んだ認知症の方とのコミュニケーションの工夫を、家族の立場に寄り添ってお伝えします。
今日からすぐに取り入れられる方法ばかりですので、ぜひ参考にしてみてください。
認知症とコミュニケーションの基本

認知症による会話の特徴
認知症の方は記憶の混乱や判断力の低下によって、会話がかみ合わないことがあります。
例えば、昨日の出来事を今日のことのように話す方や、同じ質問を何度も繰り返す方もいらっしゃいます。
「忘れてしまうこと」が病気の特徴であるため、叱ったり否定したりすると、本人の不安を強めてしまいます。
私の経験でも、ご家族が「何度も同じことを言うから疲れてしまう」と相談に来られることがありました。
このとき大切なのは「同じ質問でも、初めて聞いたように受け止めること」。それだけで本人の安心感が大きく変わるのです。
言葉よりも大切な非言語コミュニケーション
認知症ケアでは表情・声のトーン・仕草といった非言語のメッセージがとても重要です。
穏やかな笑顔や落ち着いた声かけは、言葉以上に「安心」を伝えます。
逆に、焦った声や険しい表情は本人を混乱させる原因になりやすいのです。
現場では「言葉が通じない」と嘆くご家族に、まず手を握る・目を見てうなずくといった方法を試していただきます。
すると不思議なことに、会話の中身が多少ずれていても、互いの気持ちが通じ合う場面が増えていきます。
安心感を与える声かけの工夫
声をかけるときは「ゆっくり・はっきり・やさしく」が基本です。
専門的には短く区切った文で伝えることが効果的だと言われています。例えば「ご飯ですよ」ではなく「今からご飯を食べましょう」と具体的に示すと理解しやすくなります。
私が担当した方で、食事を拒否されることが多い利用者さんがいました。
ご家族が「もうご飯よ」と声をかけると不安そうに固まってしまうのですが、「一緒にご飯を食べましょうね」と共感を含めた声かけに変えたところ、笑顔で食卓に座ってくれるようになったのです。
否定しない対応の大切さ
認知症の方の発言に矛盾があっても、すぐに「違うよ」と訂正するのは逆効果です。
否定は本人の自尊心を傷つけ、不安や怒りを強めることにつながります。
代わりに「そうなんですね」「なるほどね」といった受け止めの言葉を使いましょう。
私が印象に残っているのは、ある高齢の男性が「子どもを迎えに行かなくちゃ」と話されたときのことです。
ご家族は「もう子どもはいないでしょ」と否定してしまい、男性は強く動揺されました。
そこで私は「迎えに行きたいんですね。でも今は少しお茶を飲んで休みましょうか」と声をかけると、安心して気持ちが落ち着かれたのです。
家族ができるコミュニケーションの工夫

短い言葉でゆっくり話す
認知症の方にとって、長い説明や複雑な言い回しは理解の妨げになりやすいものです。
一文を短くし、ゆっくりと落ち着いた声で話すことで伝わりやすくなります。
例えば「今からお風呂に入って、ご飯を食べましょう」ではなく「お風呂に入りましょう」「そのあと、ご飯を食べましょう」と分けて伝えると安心されることが多いです。
私の経験では、ご家族が「つい早口になってしまう」とおっしゃる場面がよくありました。
そのとき「自分のペースではなく、相手の理解のペースに合わせる」ことを意識していただくと、驚くほどスムーズにやり取りができるようになります。
共感を示す表情や仕草
言葉が思うように届かなくても、表情や仕草は大きな安心感を与える力を持っています。
穏やかにうなずく、手をそっと握る、肩に触れるといった行為は「自分は大切にされている」という気持ちを引き出してくれます。
あるご利用者が不安そうに「帰らなくちゃ」と繰り返されていたとき、ご家族が笑顔で手を取り「一緒にいましょうね」と伝えたところ、すぐに落ち着きを取り戻されたことがありました。
安心感は言葉よりも行動で伝わることを改めて感じた瞬間でした。
過去の記憶をきっかけに話す
認知症の方は直近の記憶が曖昧でも、昔の出来事や習慣は鮮明に残っていることがよくあります。
そのため「学生時代の話」「若い頃の趣味」「子育ての思い出」などをきっかけに会話を広げると、自然に笑顔が見られることがあります。
例えば、私が担当した80代の女性は、料理の記憶がしっかり残っておられました。
「今日は肉じゃがを作ったんだよね」と声をかけると、「私は昔、煮物が得意だったのよ」と話が弾み、気分も安定されていました。
本人が得意だったこと・好きだったことを引き出すのがコツです。
感情を受け止める姿勢
認知症の方は、理由がわからない不安や寂しさを訴えることがあります。
このとき大切なのは、すぐに解決しようとするのではなく、まず「そう感じているんですね」と共感を示すことです。
感情を否定されると孤独感が深まり、逆に受け止めてもらえると安心感につながります。
ある男性利用者が「誰も自分をわかってくれない」と涙ぐまれたとき、私はただ横に座り「つらいですよね」とだけ声をかけました。
すると「ありがとう」と穏やかな笑顔を見せてくださったのです。
共感は相手の心を守る大きな支えになります。
現場でよくある困りごとと対処法

同じことを何度も聞かれる
認知症の方に多いのが同じ質問を繰り返す行動です。
家族としては「さっき答えたのに」とイライラしてしまいがちですが、本人にとっては初めての質問なのです。
「何度も同じことを聞いて申し訳ない」と思っている方も多く、叱責は不安を強めてしまいます。
私が担当したケースでは、質問に対して短く簡潔に答え、さらにメモやカレンダーに書き残す工夫を取り入れました。
すると本人が「ここに書いてあるね」と確認でき、家族の負担も軽くなったのです。
怒りっぽくなる場合
認知症の進行に伴い、感情のコントロールが難しくなり怒りやすくなることがあります。
この背景には「理解できないことへの不安」「自尊心の傷つき」がある場合が多いです。
強い口調で注意するよりも、まずは本人の気持ちを受け止めることが大切です。
現場での経験では、怒りが爆発したときに「落ち着いてください」ではなく、「驚かせてしまいましたね、ごめんなさい」と謝罪や共感を先に伝えると、スムーズに落ち着かれるケースが多くありました。
話がまとまらない場合
認知症の方は言いたいことがうまく整理できず、会話がまとまらないことがあります。
このとき話の内容を途中でさえぎらず、うなずきながら聴く姿勢が大切です。
要点が見えにくい場合は「つまり〇〇ですね」と優しく整理して返すと安心されます。
ある女性利用者が、思い出話を延々と続けられたとき、ご家族は「また同じ話」と疲れてしまっていました。
私は「懐かしい話をしてくださるんですね」と受け止めるよう提案したところ、ご家族自身も気持ちが軽くなり、本人も笑顔で話を続けられるようになったのです。
外出したがる場合
「家に帰る」「仕事に行かなくては」と外出を強く希望されることもあります。
これは過去の役割や習慣が記憶に残っているためであり、本人にとっては切実な思いです。
頭ごなしに「出られない」と制止すると混乱や抵抗が強まる場合があります。
私が経験したケースでは、外出を希望される方に「少し散歩してからお茶にしましょう」と目的を別の行動に置き換える方法を取りました。
結果的に本人は納得され、無理なく気持ちを切り替えることができたのです。
介護者の心を守るために

完璧を目指さない
認知症介護では「完璧にやろう」と思うほど疲れてしまうものです。
本人の気持ちも日によって揺れ動くため、同じ対応をしても上手くいかないことがあります。
時には「なんで機能できたことができなくなってしまったの」と老親の行動に無性に腹が立ってしまいます。
「今日はこれができたから良し」と考えるだけで、気持ちがぐっと楽になります。
私自身、ケアマネとして多くのご家族を支援してきましたが、
「うまくいかないのは自分のせい」と抱え込む方ほど心身の疲れが大きい傾向にあるように思われました。
介護はチームで支えるものと意識することが大切です。
感情的になったときの対処法
どんなに優しい人でも、介護の中でイライラや怒りの感情を覚えることは自然なことです。
大切なのは、その感情を無理に押し殺すのではなく、安全な形で外に出すことです。
深呼吸をしたり、5分だけ席を外したりするだけでも、心の落ち着きを取り戻せます。
現場では、ご家族に「感情的になるのは悪いことではない」と伝えることがあります。
むしろ自分の感情に気づき、リセットする習慣を持つことが、介護を長く続けるためのコツなのです。
相談できる場を持つ
一人で抱え込むと、不安や疲労が限界を超えてしまいます。
地域包括支援センターやケアマネジャー、家族会など、相談できる人や場所を持つことがとても重要です。
「話を聞いてもらえるだけで救われた」というご家族の声を、私は数多く耳にしてきました。
特に、同じように介護をしている人との交流は大きな励みになります。
「自分だけじゃない」と思えることで、心の余裕が生まれるのです。
自分の休息を確保する
介護者自身の生活と健康を守ることが、結果的に本人のためにもなります。
ショートステイやデイサービスなどを活用し、休息の時間を意識的に取りましょう。
「休むこと=悪いこと」ではなく、「長く介護を続けるために必要なこと」と考えるのが大切です。
ある娘さんご夫婦で身体介護をとても丁寧に行われていたご家族は、最初は「自分が頑張らないと」と在宅介護を一人で抱えていました。
しかしショートステイを利用するようになってから、気持ちに余裕が生まれ、本人にも以前より優しく接することができるようになったのです。
プロの現場での実体験から学ぶこと

印象に残るエピソード
介護支援専門員として支援した中で、忘れられない出来事があります。
ある高齢女性が引っ越しを余儀なくされた際、私は家族のような気持ちで荷物運びまで手伝ったことがありました。
そのとき女性は「一人じゃなかった」と涙を流されました。
寄り添う姿勢そのものが、最高のコミュニケーションだと実感した瞬間でした。
効果があった声かけ
認知症の方が不安を訴えたとき、「違いますよ」と訂正するよりも、
「そうなんですね」「心配なんですね」と気持ちを受け止める声かけの方が効果的でした。
現場では「正しい答え」よりも「安心できる答え」が必要なのだと痛感しています。
例えば「子どもを迎えに行かなくちゃ」と言う方に「そんな必要はない」と否定するのではなく、
「迎えに行きたいんですね。でも今は少し休んでからにしましょう」と返すことで、安心して落ち着かれたこともありました。
家族と支援者の連携
認知症ケアは家族だけで抱えるものではなく、支援者と連携して進めるものです。
ケアマネや相談員、訪問介護員、医療スタッフが関わることで、家族の負担は大きく軽減されます。
「頼っていいんだ」と思えることが、家族の安心にもつながります。
私が地域包括支援センターで担当したケースでは、実の娘さんだけに向いた極度の猜疑心を受け止める過程でご家族と専門職が協力して支援体制を作ったことで、
ご本人も穏やかな生活を送ることができました。
家族と支援者が同じ方向を向くことがとても大切です。
「本人の気持ち」を尊重する姿勢
認知症の方を支える上で、最も大切なのは「本人の気持ち」を置き去りにしないことです。
介護する側の都合だけで判断してしまうと、本人の安心や尊厳を損ねることになります。
小さな声や仕草に耳を傾けることで、本人の思いを汲み取ることができるのです。
私は常に「介護も障害も、誰もが人生のある時に直面する課題にすぎない」と考えています。
その視点を持つことで、認知症の方に対しても自然に尊重と共感の気持ちを持って接することができるのです。
まとめ
認知症の方とのコミュニケーションは、思うようにいかず戸惑うことが多いものです。
しかし大切なのは「正しく会話すること」ではなく、「安心できる関係を築くこと」です。
短くわかりやすい言葉、穏やかな表情、そして共感の気持ちが、日々のケアを支える大きな力になります。
ご家族の皆さんも完璧を目指すのではなく、できる範囲で工夫を重ねていきましょう。
そして一人で抱え込まず、地域の支援や制度を上手に活用してください。
介護は「一緒に歩む」ものです。今日からできる小さな工夫が、きっと大きな安心につながるはずです。
